初めて川崎さんと出会ったのは、彼女が住む福島県双葉町の隣の富岡町。
富岡には町の財産といえるそれは美しい夜の森の桜並木があり、桜文コンテストという桜にまつわるエッセイを毎年募集していて、その審査の席だった。
てっきり主催者だと思ったほど、その場を勢いよく仕切っていた。
毎年通ったなつかしい町の穏やかな暮らしは、3.11の東日本大震災と福島第1原発の事故で突然に奪われてしまった。
久しぶりに会った川崎さんは、
気丈にいつもの川崎さんでいようと明るくふるまっていたけれど、
ちょっと突けばボロボロに崩れてしまいそうな悲しみや苦しみが隠し切れずににじみ出ていて、それはとても痛々しかった。
流れ着いた福井で夜遅くまで話を聞きながら、あの熱い鉄の玉のような川崎さんをここまで沈ませる事態が福島と福島の人たちを襲ったのだと、頭で理解していたことがじわじわと実感を伴って細胞のすみずみまで浸透していくような気がしたものだった。
でも、ほどなく川崎さんはいつもの川崎さんに戻った。
生活を立て直し、家族を叱咤激励し、バラバラになった故郷の人々をつなぎ、新しく出会った人たちと盛大に縁を結び、まさに怒涛の再進撃を始めたのである。
日本国民が憲法で守られていたはずの職業選択の自由も、居住の自由も、健康で文化的な生活や生命の安全すらも失った違憲状態に放置されたままの福島の人たちと、私たちはどう向き合ったらいいのか。
他人事と思えば、しょうがないよねと逃げ出したくなってしまうかもしれない。
すでにそんな流れが生まれつつあるような気もする。
しかし、同じ日本に住んでいる私たちにとって、福島は自分の問題としていつ降りかかってきてもおかしくないことなのだと思う。
原発問題や経済問題という大きな括りで考えるだけでなく、それが個々の人々にどんな苦難をもたらし、どんな思いで3年の年月を生きてきたのか知ることこそ、最も必要なことなのではないかと考えている。
本書には、ひとりの女性がまさに着の身着のまま故郷を追われてから何が起き、何を感じ、どう生きるしかなかったのかが克明に記されている。
そして、報道では伝えられなかった実態を新たな驚きと憤りとともに知らされることになる。
それこそが、福島を忘れないために私たちが知らなければならないのだという思いを深くしている。
——刊行によせて(ノンフィクション作家・吉永みち子)
* *
福島第1原発から3キロ圏内にある自宅で
長年暮らしてきた著者の生活は東日本大震災を境に一変しました。
本書は、原発事故で故郷を追われた著者の家族が3年前の3月11日から今日まで、どのように生き、これから先、どのように歩もうとしているのかを記した復興に向けた真実の記録です。
あの日、何が起こり、どのように避難生活が始まったのか。
当時の民主党政権、東電の対応はいかなるものだったのか。
被災者はいま、どのような生活を送っているのか。
ふるさと福島はいま、どうなっているのか。
これから先、どうすれば真の復興が果たせるのか。
当事者にしか記せない思いや実体験の数々の中には、空き家となった住居の大半が窃盗に遭い、バーナーで鍵を焼き払われて商品を盗られたという話など、報道では知らされなかった被災地の実態も記されています。
しかし、本書の最大の魅力はそうした「記録」ではありません。
どんな困難な状況の中でも心を明るく保とうと努力し、当事者としていま、自分にできることは何かを考え、懸命に前に進もうとし続けてきた著者の生き方だと思います。
本書は、震災からちょうど3年を迎える
3月11日にメッセージを贈りたいという
著者の強い要望によって生まれました。
被災地の現状と被災者のいまを知り、東北に心を寄せるきっかけとして、ご一読いただければと思います。
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( 本文より )
私も福島にいた頃、生まれ育った町・富岡町が桜で有名な町なので、その桜をモチーフにした町おこし「桜文大賞・桜にまつわる想い出の手紙」募集事業に関わっていました。
その「手紙」つながりで福井に避難してきたことは前述した通りです。
扱っているのが手紙ですから、それこそ毎日手紙が団体で届きます。
この手紙シリーズは「日本一短い母への手紙」に始まり、毎年テーマが変わります。
震災の翌年のテーマは「ありがとう」でした。
そして「日本一短い手紙・ありがとう」には全国からの「ありがとう」が届きました。
震災の翌年ですから、当然震災関係のものが多かったのですが、中でも忘れられない作品がいくつかあります。
●「仮設内に元気な赤ちゃんの声が聞こえるようになった 皆で耳をかたむける ありがとう」
——仮設住宅で一人暮らしの60代男性の作品
●「遺体安置所で 家族をすべて亡くした男性から ありがとう 皆を見つけてくれてと 手を握られた」
——遺体捜索に当たった警察官の作品
●「大きな津波と共に 大きな悲しみ
それでも家族を見つけてくれた 誇りの緑服に感謝」
——女子高生の作品(家族の遺体を見つけた自衛隊員に対して)
『原発3キロメートル圏からの脱出』川崎葉子(著)より