◆壱のツボ さざ波「小さな田が山肌にさざ波を立てる」
◆弐のツボ 石積み「石を知り、石積みを愛でる」
◆参のツボ 絶景「春の棚田の夢幻に酔う」
日本の原風景を彩る棚田。少なくとも古墳時代には存在したと言われています。人口増加に伴いより厳しい自然条件を克服して日本各地に広がっていきました。
棚田学会顧問の中島峰広博士。
中島「棚田は長い年月をかけて農民が土地に刻んできた形。その多大な労力が棚田をより一層美しく見せる」
「耕して天に至る」
心にしみ入る棚田の美しさを見つめます。
棚田の白眉と言われている石川県輪島市の白米千枚田です。田んぼが日本海の波打ち際まで連なり落ちる絶景です。ここには、ある昔話が伝わっています。
昔々。 田植えを済ませた農民が田の枚数を数えたところ、一枚足りない。帰ろうと、置いてあった蓑笠を取り上げるとその下から一枚の田んぼが見つかった。白米の田の小ささを示す昔話です。小さな田が、まるでさざ波のように春の海と呼応します。
白米で一番小さい田んぼで獲れる米はなんとお茶わん一杯分。小さな田を互い違いに作ることで重力を分散させ斜面を支えています。冬の間に崩れてしまった畦(あぜ)を農家の人たちは毎年手作業で作り直します。すべての作業はクワ一本で刃の表と裏を巧みに使い分けて行われる職人技です。
先祖代々150枚の田を耕す鵜嶋智さん。
鵜嶋 「畦塗りは大切。畦の水が漏れたら稲が育たない。毎朝毎晩見回るほど一生懸命にならないとよい稲にはならない」
手作業で毎年作られる畦によって支えられる小さな田。そこにはもうひとつ地元の人々の思いが込められています。地元に伝わる「かいのごかち」です。一粒の米も無駄にしないよう、落穂を拾って臼ですりつぶして食べたという風習です。
白米千枚田愛耕会の堂前助之新代表。
堂前 「“もったいない”という思いで小さい田んぼの米作りをしているからこそ、ここが日本の原風景であるのでしょう」
もったいない。どんな小さな田でも大切に思う気持ちが、より棚田を輝かせます。
岐阜県恵那市の坂折棚田です。この棚田の特徴はなんといっても石積み。古くは400年前に積まれた石積みが現在でも活躍しています。
石積みの技術を継承する石工、柘植功さん。
柘植 「石を見る目ができてくるようになると積み込んだら家族のように積み合って100年でも200年でももつ」
石積みと言っても時代によって積み方はさまざまです。こちらはもっとも古い積み方。「乱れ積み」と呼ばれています。形も大きさも違う石を出てきた順番に積む。農民たちがひとつひとつ自分たちで積み上げた石積みです。
石を割る技術が伝わると、平たく割った石を横に積んでいくようになります。「横積み」です。見た目も美しくなりました。
そして、江戸時代に入ると、高さ4メートルもあろうかという石積みが作られます。これは「谷積み」と呼ばれる積み方で積まれ、横から見ても凹凸がほとんどなく、上に行くほど勾配がきつくなる「宮勾配」という高い技術が用いられています。
この技術は黒鍬(くろくわ)と呼ばれる職人によってもたらされたという記録が残っています。江戸時代の経済とは、年貢、つまり米だったので、農民にとっては田を広げることが一番。石積みが高く、畦が狭くなれば水張り面積が増え、増産につながります。しかし、黒鍬をもってしても動かせないような大きな石も田にはありました。農民たちはそれを「田の神」として祭りました。
霊仙寺の河合哲玄住職。
河合「どうしても自分たちの思うようにならない石と、田植えが済んだらありがたかった、刈り終ったらありがたかったという思いが神への謝念へとつながっていった」
石を知り、畏れ、敬う。農民たちの不屈の魂がやどる棚田です。
四季折々美しい風景を描く棚田ですが、なかでも春が一番美しいという人がいます。 写真家・青柳健二氏
青柳「田んぼに水が入った時期。朝日や夕日が水に反射して、田んぼの形がシルエットになった時が一番美しい」
春の幻想的な棚田を描いた浮世絵が残っています。歌川広重『信濃 更科 鏡臺山 田毎月』です。まん丸い月が棚田の一枚一枚すべてに映りこんでいます。この浮世絵の舞台となったのが長野県千曲市の姨捨(うばすて)棚田です。姨捨伝説で知られるこの山は、観月の名所としても有名です。この棚田で「田毎の月」を愛(め)でることにしましょう。
5月。水守が堰(せき)を開ければ棚田に水が入り始めます。400年以上変わらぬ光景です。水は上の田から順番に入れられます。上の田が満たされると今度は畦を切って作られた水路から下の田へ水が引かれます。「田越し」と呼ばれるやり方です。水が入るころは、農家にとっては特別な時期です。
農家・金井実さん
金井「また1年始まるんだなって気合いが入ります」
やがて、田いっぱいに水が満ちて「田毎の月」の舞台が完成しました。
深夜2時。月が田の中に映っていました。しかし、映っているのは一枚だけ。「田毎の月」は不可能だったと諦めて帰りかけた、その時。月はさっき映っていた田から隣の田へ。さらに歩を進めると、また次の田へゆっくりと移動していきました。この不思議な体験こそが「田毎の月」だったのです。地元に伝わる謡曲「姨捨」を謳(うた)いながら、春の棚田が作り出すうたかたの夢に酔いましょう。
◆出演者
司会
草刈正雄
語り
古野晶子