◆壱のツボ 魚を変身させる魔法の刀
◆弐のツボ 器は刺身の舞台装置
◆参のツボ 刺身にふるさとの美を探す
日本料理の定番といえばお刺身。日本人は、生で魚を食べる文化を洗練させてきました。日本人は奈良平安の都でもすでに生魚を食べていました。平安時代から続く包丁儀式。包丁で魚を切る行為は神聖なものでした。神に捧げる最高の料理だったのです。日本人の食卓に欠かせない刺身。今日はその美の奥義に迫ります。
刺身の王様、マグロ。見た目や味に大きく関わるのが脂の量です。赤身、中トロ、そして大トロ。美しい刺身にするには共通のポイントがあります。筋目です。魚の筋に対して直角に刃を入れるのです。食べやすいだけでなく断面の筋目の模様も鮮やかに引き立ちます。一刀両断、きりっと角が立ちます。
小山裕久さんは日本を代表する包丁づかいの達人として高い評価を得ています。
小山「切っただけで味が変わる。切ることで料理ができる。そういう切り方になることが日本料理の極意の一つでその頂点に立つのがお刺身だと思いますね。」
小山さんのふるさと・徳島県の鳴門のタイ。渦潮にもまれて身がしまり、刺身には難しい魚です。これを口の中でとろける刺身にします。
まず手にしたのはぶ厚めの出刃包丁。わずか一太刀で一気に切り裁きます。ポイントは刃渡り全体を使うこと。骨の位置を見極め一気に背骨まで押しこむのです。実に滑らかな切り口です。
続いて使うのが柳刃包丁。刺身文化の国が生んだ包丁の傑作です。細く長い刃先。さらに刃は片面のみ。両刃より刃先が薄いため繊細な切り方ができます。そのかわりバランスがとりにくいため思い通りに刃先を進めるには経験が必要です。微調整が難しい柳刃の刃先が狂いなく素早く切り分けていきます。そのとき小山さんは身を崩さぬよう細胞レベルまで感じ取ろうと心がけています。包丁が入って出るまでの一瞬に、刺身の美は創りだされていたのです。
刺身をひきたてるのが器。陶芸家の北大路魯山人は美食家としても有名です。「新鮮に勝る味なし」と語っています。魯山人が考えたのは今ではポピュラーな「まな板皿」でした。まな板で頂くようなダイナミズム。魯山人独自の新鮮さの演出です。
魯山人の器を数多く持つ陶芸店主の黒田さん。
黒田「何しろ刺身が好きだった。とったらすぐ食べる。まな板で料理してそのまま出したらいいなということで作った感覚なんですよ。」
器使いは刺身をよりよく見せるための技なのです。
刺身と器の組み合わせを追求する料理人、石原善之さん。長年ホテルで数々の宴席料理に携わって来ました。石原さんは毎回新しい器づかいを模索しています。この日も、なじみの陶器店へ。お目当ては、黒い器。黒は食材の色とケンカしたり重々しすぎて刺身を盛ることは稀だといいますが・・・手にしたのは、あえてテカテカの器。これは難しい黒です。
石原「ぼくにもチャレンジする甲斐があるんで、ぜひこれで。」
黒への挑戦、うまくいくのでしょうか。
そろえたのは、さまざまな赤の切り身。同じ赤でも、ニュアンスが異なります。ところが・・・
石原 「う~ん、ちょっと難しいですね。」
赤と、黒い器がまとまりません。
石原さんが次に手にとったのは、銀色に輝くタチウオです。これを使うと・・・
石原 「すごく盛りつけが引き締まって、まとまりが出たと思う。」
妖しく黒光りする器にさまざまな赤。そこに置かれた光るタチウオのクサビは、器全体を一つにまとめています。太刀魚の輝きと器の反射が、相乗効果を生みました。刺身がもたらす別世界。器使いや盛りつけで、刺身は全く違う表情を見せるのです。
夜の街に、全国刺身巡りと洒落こみましょう。まずはイカから。全国から生きたまま運び込まれたイカを使っています。
これは、佐賀県・呼子(よぶこ)のケンサキイカ。イカの中でも透明度はピカ一。下に敷かれた葉っぱの緑が透けて、優雅です。
こちらは、函館のスルメイカ。縦に細く切るのが函館流です。刺身には、その土地の歴史や文化が宿っています。
皿鉢(さわち)料理とよばれる、土佐の伝統料理。大きな皿に刺身などを盛りつけ、皆で囲みます。昔から土佐で宴席を飾ってきました。そこに欠かせないのがカツオのたたき。
ワラの強い火力で黒く焼かれる表面が身の赤とのコントラストを生み出します。老若男女で、刺身を囲む。
自由闊達(かったつ)な、土佐の心意気です。
続いては、沖縄料理のお店。沖縄の刺身には独特の楽しみがあります。実にカラフル。この色を楽しもうと皮をつけたまま刺身にするそうです。目で味わい、歯で味わう。泡盛に合いそうな、美の世界です。
最後は、薩摩料理のお店。店の一番の名物は、キビナゴ。鹿児島県の名物です。取れたてだけが、刺身にできます。あまりに身が小さいので、包丁は使わず、すべて手でさばきます。刺身は、菊の花を模して、お皿に盛りつけられます。キビとは、薩摩の方言で、帯のこと。銀色に光る帯で、幾重にも円を重ね、幾何学的な美を演出します。銀色の帯を輝かせるのは、ふるさとの美しい記憶でした。
◆出演者
司会
草刈正雄
語り
古野晶子