大正元年に創業し、100年以上の伝統を有する京都の老舗料亭・菊乃井。
3代目主人の村田吉弘さんは、伝統を受け継ぎながら味の革新を続ける一方、20歳の時から「日本料理を世界に」という志を抱き、和食をユネスコ無形文化遺産登録へと導いた立役者でもあります。
そんな村田さんが語る「菊乃井が一流料亭たる所以」とは——。
対談のお相手は、創業315年の鰹節専門店にんべんの高津克幸社長です。
村田
時代が変わると、会社もうちのような料理屋もそれに応じた革新をせないけませんね。
それでちょっと思い出したんですが、うちではいま大手百貨店の地下に惣菜の売り場を設けています。
ある日、一人のお客さんがしばらく商品を眺めて通り過ぎて、またやってきて一品を買われた。
僕はその様子を近くで見ていたんですが、アルバイトの従業員が「一品だけでしょうか」といった上から目線の口ぶりで接客しているんです。
僕は腹が立ってその場でその従業員を思いっきり怒鳴りつけました。
菊乃井はこれまでそのような売り方をしたことがないし、そんな売り方をしていると考えたこともなかったけれども、要はそれが隅々にまで伝わってへんわけです。
これは怖いなと思いました。
そこで僕は最近、
「日本の食を通して人類公幸のために絶えず進化をし続ける、尊敬されるサービスブランドになる。」
という理念を掲げて、朝礼の場で皆で唱和しているんです。
高津
ああ、新しい理念を掲げられて。
村田
もちろん、これまでも料理のあり方について書かれた家訓はありました。
だけど、うちはどういう思いで何のために料理屋をやるのか、というものがなかったんです。
従業員は、もっときれいな白衣を着なさいとか、髪の毛を整えなさいとか、注意されることだけを直すのではなく、自分たちは常にブランドをサポートしているのかと意識し続けることが大切なんですね。
全員がブランドをサポートするという意識がないと、菊乃井のブランドは維持できないと考えています。
(中略)
村田
その可能性を広げるためにも立ち止まることはできません。
「ああ、もうこれでええわ」と思った時点で、下りのエレベーターに乗っているように後退していくでしょうね。
メニューもそうですよ。僕はいきなり変えるんです。
「去年はこんなメニュー出してはりましたけど。」
「いや去年は去年です。今年はやりとうなくなりました」と(笑)。
菊乃井に来られるお客さんも、前と同じものを出し続けることは求められていない。
「村田がまた面白いことをやるやろうな」
と思てはるんです。
京都に料理屋が数多くある中で同じものばかり出していたら、うちの存在意義はなくなります。
『致知』2014年10月号より